2015年に出版した
『業務効率UP+収益力UP 中小企業のシステム改革』幻冬舎 (2015/9/18) より
書籍内のコンテンツをタイトルごとに公開いたします。
コンテンツの最後に、コンサルタントのコメントを追加しておりますので、合わせてご覧ください。
P.212~
第5章
業務の実態に合わせたシステム運用が、企業成長の絶対条件
経営者と社員とでは見え方が異なる
ITシステムは何のため、誰のためにあるものでしょうか。
現場で働く社員からすれば、自分たちの業務の効率を上げるためかもしれません。しかし、経営者から見れば、ITシステムに投資するのは、明らかに会社全体の業績を上げるためです。
このように、同じものを前にしていても、立場によって見え方が変わってくることがあります。
ここに一枚の瓶の絵があります。有名なものなのでご存じの方もいるかもしれませんが、この瓶の中に見える絵は、年齢によって見え方が異なります。
大人が見ると「からみあう男女」にしか見えません。
しかし、子どもが見た場合、しばらく考えた末に「イルカがたくさん泳いでいる」と言うそうです。
どちらも間違っているわけではありません。大人の目には裸の男女のほうが見えやすく、逆に子どもにはそのモチーフが見えにくいのです。
このように、物事というものは、見る人によって、見え方が異なります。窓もドアも開けっ放しの家は、警察から見たら「不用心な家」ですが、泥棒から見れば「仕事のチャンス」です。
同じような違いは、経営者と従業員との間にもしばしば起きています。
従業員にとっては福利厚生の充実した職場が、経営者にとっては利益の上がらない金食い虫であるかもしれません。
ITシステムについても、同じような対立が見られることがあります。
全国に60店舗以上を展開する美容室チェーンのS社、売上高が約100億円、社員数約600名の中堅企業です。
S社の管理部門の取締役から「今後のIT計画について相談にのってほしい」と私どもの会社に連絡があったのは数年前のことでした。
S社には専門の情報システム部門があったのですが、どうやら、その取締役が期待するような働きができていなかったようです。S社の事業は大きく三つに分かれていますが、各事業部でシステムの利用度に大きな差がありました。
取締役としては、せっかく全社共通の基幹システム(Sシステム)があるのだから、統合的なシステムの使い方をしてほしいと考えていたのですが、情報システム部門に命じても、日々の仕事で手いっぱいなのか、それとも能力が不足していたのか、長期的な計画策定はまったく進みませんでした。
業を煮やした取締役が、外部の専門家集団である私どもの会社にコンタクトをとったのが、事の始まりでした。
「どうもうちの情報システム部門はきちんと仕事をしていないみたいだから、調べてくれないだろうか」というのです。もちろん、それを聞けば情報システム部門の社員は怒ることでしょう。彼らの意識では決してそんなことはないはずだからです。しかし、見る人によってはそう見えてしまうこともまた事実なのです。
仕事を引き受けた私たちは、まず「システム環境調査」として、3カ月間かけて現状のシステムおよび情報システム部門の業務内容についての調査を実施しました。
現状調査の結果、まず情報システム部門については、基幹システムの日々の運用についてはかなりしっかりとした業務の実施や管理ができていることがわかりました。
ただし、取締役が期待していた、長期的なIT計画については、部員のスキルや経験が不足していて、放置されている状態でした。
一方、事業部ごとのシステムの利用については、想像以上にとりちらかっていることがわかりました。
基幹システム(Sシステム)の利用度に大きく差があるだけではなく、事業部独自のシステムが数多く採用されていて、さまざまな種類のシステムが事業部ごとに入り乱れている状態でした。
ITの運用に対する予算があったのですが、全社的なIT投資の計画がなかったために、部署ごとに部分最適でITシステムの導入を進めてしまったことが原因だと思われました。
その背景には、情報システム部門が、経営者が求める「長期的な計画」を企画することができず、各部署に何の指示も出せていないことがありました。
ITコンサルタントのコメント(2023年6月5日)
「木を見て森を見ず」ということわざがあります。
森を企業で例えると、経営者は森をみて、社員は木を見みています。経営者が社員に森の問題を見て欲しいときには、まずは森を見せます。森を見た社員は森全体の問題を認知し、森を見ていた経営者に歩み寄ることが出来るでしょう。しかし、社員は木の細部の問題が頭から離れることはありません。場合によっては木の問題の重要性を訴え、森の問題は後回しにすべきだと考えるかもしれません。その時に経営層が取るべきことは、社員に木の一部は切り捨ててもよいと伝えることだと考えます。
今回の事例においては、情報システム部が経営層の求めるIT長期計画立案を進められない状況でした。その理由は情報システム部のスキルと経験不足です。では、なぜ情報システム部は不足したスキルと経験を埋めることをしなかったのでしょうか。一つの要因として、基幹システム運用・保守へのリソースをIT長期計画策定に割り当てることによって、運用・保守の品質が低下することに拒否反応があったのではないでしょうか。情報システム部にとっては、基幹システムの品質低下に伴う各事業部への悪影響を切り捨てられなかったのかもしれません。そのような状況下において、経営層は情報システム部に対して、基幹システムの保守・運用の品質を一時的に落とすことを容認することも重要です。
同じものを前にしても、立場によって見え方や捉え方が異なることはよくあります。そのことを前提に、認識のギャップを埋めるコミュニケーションは必要です。また、立場の違う人間に期待通りの行動を求める場合には、期待通りの行動に伴う代償を認める視点も大切です。