本稿は、月刊ビジネスサミット(2021年10月号~2022年3月号)に「中小企業のDX入門」(寄稿:ASC長谷川智紀)という連載企画で掲載された記事を再編加工したものです。
業務環境に関する課題
今後の日本は、人口動態の変化により、労働人口が急激に減っていく。定年を伸ばすことで、問題を先送りすることもできるが、労働人口の減少傾向が変わるわけではない。現在でも採用が課題の中小企業は少なくないが、これからさらに厳しさが増すことになる。現時点では採用に問題がない企業でも、市場から相対的に労働者が減少するのであれば、その確保は難しくなる。どうやっても採用の難しさが増すのであれば、離職のリスクを低くするのは当然のアプローチとも言える。その一つが、働き方の多様化の実現である。
これまでは、働く場所として東京に人口が集中してきたが、いまは、地方移住に関心を持つ人が増加傾向にある。別の言い方をすると、「働く場所に依存して仕事を選びたくない」という価値観が広がっているとも言える。また、介護問題も無視できないものであり、実家に戻らなければならない事情を抱えるケースも決して少なくない。
いずれにしても、働き手のニーズに合わせた業務環境を用意することは、会社として必須の取り組みだろう。
コミュニケーションを変える業務環境のオンライン化
働き手のニーズに合わせた業務環境というのは、「いつでも、どこでも」業務ができるようにオンライン化することに尽きる。
オンライン会議システム
業務環境におけるオンライン化の代表格は、コロナ禍でテレワークを余儀なくされる中で一気に広まった、オンライン会議システムである。
いまや社内外のコミュニケーションで、最初に検討されることも多くなった方式であり、オンラインで問題がある場合や特別な話をする場合に、リアルで対面することを検討する企業も増えている。
このオンライン会議も慣れるまでは、接続がうまくいかなかったり、ファシリテーションにコツが必要だったりと、効率良く進められないケースが散見されたが、今となってはそんなトラブルを見聞きすることも少なくなった。
チャットツール
オフィシャルな会議がオンライン化されて、コミュニケーションの多くがオンラインで実現できるようになると、今度は業務上の簡単な質問だけでなく、雑談を含めたライトなコミュニケーションもオンライン化されていく。そこで活用されるのがチャットツールである。
チャットツールの多くは、個人同士のコミュニケーションだけでなく、グループやプロジェクト単位の範囲でチャネルという部屋を用意することができる。このチャネルを活用すると、オンラインにおけるコミュニケーションの大半が、Eメールからチャットツールへと移行していく。私用のスマートフォンで行っているコミュニケーションを引き合いに出すまでもなくチャットのコミュニケーションは心理的ハードルが低く、特にオンライン環境で少なくなりがちな社内コミュニケーションを活発にしてくれる。
押印業務のオンライン化
コミュニケーションがオンラインに移行していくことで、出社する機会が減ったときに欲しくなるのが、押印業務のオンライン化である。
社内においては、ワークフローシステムを導入することで、稟議のオンライン化ができる。社外に対しては、電子契約システムを導入することで、契約のオンライン化ができる。これらは、手続きの証跡をデジタルで残しておく意味でも価値があるシステムであり、出社回数の削減以外にも導入効果が大きい。
導入時における留意点
業務環境をオンライン化するときに、どうしても陥りがちなトラップがある。それは、「完璧を目指す」ということである。社内外のコミュニケーションにしても、社内の稟議にしても、社外との契約にしても、いきなり全てをオンライン化する必要はない。できるところから着手すればいい。
むしろ、全体を考えたときには「対面でやりたいこと」「対面でやるべきこと」もあるので、うまく使い分けることを念頭において導入を進めてほしい。導入する中で、まだまだ現時点では技術的に不足している部分があり、オンライン化するには時期尚早だという業務も出てくるだろう。その場合には、時機を見てシステムのアップデートや入替を検討すればよい。おそらく、今でも相手によって、オンライン会議システムを使い分けているのではないだろうか。やみくもにシステムの入替を嫌がる必要はない。
また、使ったこともないデジタルサービスの費用対効果を見積もって、効果が得られることを確認してから進めることは難しい。もちろん、そういったプロセスが大事なケースもある。しかし、精度が低い見積もりに時間をかけているうちに、他社とのコミュニケーションや契約の手続きが円滑にできなくなってしまうというリスクが増えてしまう。
デジタルサービスの多くは簡単に始められて簡単に止められるので、許容できる費用であれば、ひとまず使ってみることだ。効果は後から算出した方が正確な評価ができる。
その際には、どうか定性評価も大事にしてほしい。自社が「何を大事にして、デジタル化を進めたいのか」という考え方が評価軸として表れる。それこそが、次のステップで自社のありたい姿を考える際の糧となる。
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2022年05月30日 (月)