2015年に出版した
『業務効率UP+収益力UP 中小企業のシステム改革』幻冬舎 (2015/9/18) より
書籍内のコンテンツをタイトルごとに公開いたします。
コンテンツの最後に、コンサルタントのコメントを追加しておりますので、合わせてご覧ください。
P.224~
第5章
業務の実態に合わせたシステム運用が、企業成長の絶対条件
身の丈に合ったシステムが重要
2008年にスルガ銀行が日本IBMを訴えた裁判では、IBMの賠償責任が問われて、高裁で約42億円の賠償金が認定されました。
2013年にも、野村證券がやはり日本IBMを相手取って、約33億円の損害賠償を求めて訴訟を提起しています。
本書の最初で述べたように、システムの導入にあたってはさまざまな問題が発生しがちです。
問題の原因のほとんどは、事前の準備が不十分であったり、コミュニケーションが不足していたりすることから起きていますが、中にはお互いに入念に話し合いを行うことから問題が起きることもないとは言えません。
一例を紹介しましょう。
P社のITシステム担当者は、システム導入に対する意識が高く、賢いユーザーであろうと真剣に勉強していました。そして、入念に時間をかけて、ユーザーの要望を念入りにヒアリングしてくれるシステム・ベンダーを選定しました。
ここまでは良かったのですが、いかんせんP社にとってシステムのリプレースは20年ぶりであり、オープンシステムを扱うのは初めてであるといった経験のなさが災いのもととなってしまいました。
P社の選んだシステム・ベンダーは丁寧な仕事の進め方で知られているところでした。
ユーザー企業へのヒアリングとパッケージ・ソフトの選定までは何の問題もなく進んだのですが、その後のフィットギャップ分析で問題が起きてしまいました。
フィットギャップ分析とは、パッケージ・ソフトの導入にあたって、実際の画面を見ながら、カスタマイズのためにユーザー企業の要件を細かく定義していく手法のことです。
ここでP社の担当者は、現場の作業員をおおぜい呼んで、実際に作業してもらうことにしたのです。担当者としては、自分の選んだソフトにある程度は自信を持っていたのでしょうが、ここで想定していなかった要望が多数出てきました。
それはたとえば、「現行のシステムに比べてわずかながら操作方法が違うので同じものにしてほしい」とか「現行のシステムと画面レイアウトが違うから何がどこにあるのかわかりにくい。できれば同じようにしてほしい」とか、ささいな操作性に関するものです。
その他「どうせなら、こんなこともできるようになってほしい」とか「あまり使わないけれど、このような業務があるからそれにも対応してほしい」とか、それぞれの業務に合わせた提案がたくさん出されました。
真面目なP社の担当者は、重箱の隅をつつくようなその要望のすべてを、要件として盛り込もうとしました。その結果、カスタマイズ費用が膨張して、予算を大幅にオーバーしてしまうことになったのです。
その場合、通常であれば機能を削減して予算に合わせることが一般的なのですが、P社の場合、どのような手を使ったのか、予算が増額されてそのままシステム導入が続行されることになりました。そうして、システム・ベンダーが優秀であったこともあり、多少の納期の遅れはあったもののシステムは無事に完成しました。ところが、1年後に検証してみたところ、あれだけ多く出た要望に合わせて追加された機能のほとんどが、実際には使われていないことがわかりました。追加コストのほとんどは、本当は必要なかったのです。
P社のシステムを検証してから、私たちは次の二つの持論を持つようになりました。
- システムの操作性については、最初は以前のシステムとの違いがあって戸惑うことがあっても、使っているうちにたいていの人は慣れてしまいます。実際、多くのケースでは最初のうちは文句が出ていても、3カ月も経てば誰も何も言わなくなります。ですから、システム担当者は、操作性についてあまり過敏になることなく、右から左に聞き流しておけばよいのです。
- 使われない機能のためにムダにコストをかけて開発することがないよう、当初は予算をぎりぎりまで使い込まないことをおすすめします。必要な要件の7、8割が盛り込まれた時点で、いったんカットオーバー(実際の業務で利用開始すること)にこぎつけて、3〜6カ月間テスト運用してみるのがよいでしょう。そのうえで、どうしても不足していると感じられる機能を追加開発すると、経験上、満足のいくシステムができあがる可能性が高いです。もちろん、そのための予算はあらかじめ残しておかなければなりません。
できるだけ高機能、高付加価値なシステムがほしいという気持ちは、よくわかります。会社のお金ですし、それで良い仕事ができるのならば、ケチるべきではないという考えもわからないではありません。
しかし、私たちが見てきた実例では、基本的なことができていないわりに、どうでもいいところでオーバースペックなシステムが多くありました。携帯電話にたとえれば、その機能を使わない人にとっては、おサイフケータイもワンセグも赤外線通信も必要ありません。
はじめからセットでついているのであればともかく、カスタマイズには確実にそれだけのお金がかかります。中小企業にとって本当に必要なのは「身の丈にあった」システムです。何が本当に必要なのかを見極めることが、システム導入にあたっては最も大切なことなのかもしれません。
ITコンサルタントのコメント(2023年7月14日)
本項では過剰なカスタマイズがムダになったケースをご紹介し、【「身の丈にあった」システム】を見極めることの重要性に触れました。
もともとパッケージ・ソフトや既存サービスといった【世間で使われている仕組み(システム)】は、一定の合理的な理由があってそのような仕組みになっているはずです。
そのため、その業務においてはベストプラクティス(最善手)である可能性が高いと考えられます。
ユーザーの声を聞くことも大切ですが、操作性等の細かいカスタマイズ要件をあげる前に自社の業務を【世間の標準】に寄せられないかを検討するとよいでしょう。
一方、ベンダー側もただの「御用聞き」にとどまるのではなく、たとえお客様の要望であっても不要・過剰と思われるものについては「本当に必要ですか?」と確認するのがプロです。
「身の丈にあった」システムとは何でもかんでもケチってコストを削減することではありません。必要なものに適切にコストをかけることが「身の丈にあった」ということです。
システム投資へのコスト削減観点ではなく、【世間の標準】である仕組み(システム)を自社の業務改善に生かすことで業務効率向上に寄与できれば、システム導入のメリットが大きくなると期待できます。